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幸福も過ぎ去るが、苦しみもまた過ぎ去る。
冬眠したひ。

ある状況から別の状況へ移る時に、移動後の状況が垣間見えて(想像ができて)「まあなんとかなる」と思うこともあれば、「ほんとうに大丈夫だろうか」と思うこともある。
同じちょっとした想像からこのどちらにも転がることがあるというのは、この想像が実際その通りになることはまず少ないとしても、想像の中身よりも状況(周囲の環境)と(自分の心身の)状態の関係性がここに効いてくるからである。
状況の変化を前後含めて想像できるとしても(前は現状ですね)、この想像は「変化前の」状態においてなされている。
状態の変化後、というものが高い信頼性で想像できればよいのだが、それが確保されない時に、状態の変化後というものは(未知であることは当然として、)「親密さ」が損なわれるのであって、そうすると状態よりは客観的に想像できるはずの(変化後の)状況というものも中身が印象と切り離されて宙に浮いてしまう。

ある時にしっかり考えたことを、あらためてふと考えてみた時に「なんであんなこと自信もって思えたんだろう」と思うことはざらにあって、その疑念が膨らむと「ふと考えている今の自分の状態を疑う」か「ある時にしっかり考えた思考内容を疑う」かのどちらに転がることになるけれど、これはまず感覚に従うなら後者が親和性が高い(今の自分の状態が行動の大前提におかれるから)。
しかし全てを感覚に任せると思考の内容や志向が全て心身状態に左右されることになって、「論理って何? おいしいの?」ということになってしまい、意識を統べる人間が大きく動物に近づくことになる(別にそれ自体に良し悪しはないが)。
リアルタイムの感覚に反するという非自然を冒してこそ前者を志向できるのだけど、それはそのまま不安である。
身体全体の不安と、脳の(身体性に左右される)部分の不安を抱えながら、どうするか。

どうするか、とは、何か?

ああ、一つシンプルにして効果絶大なのは、「目標」を持つことか。
目標への果断な歩みは上記の不安を吹き飛ばすような安心感、充実感を脳・身体両者に引き起こす。

うーん、シンプル・イズ・べ…
ベンダブル。
曲がるんです。
つまり単純なものほど応用がきくという…
という…
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