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幸福も過ぎ去るが、苦しみもまた過ぎ去る。
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最初の…

伝えたいもの。
言葉になる前のもの。
それをあの人に伝えたい。
他でもない、言葉で。

最初に「あの人」がいる?
言葉が「あの人」を導く?
そのどちらでもあり、
そのどちらでもない。

「あの人」はどこにいるのだろうか?
それは共時的な。
「あの人」は"いつ"いるのだろうか?
それは通時的な。


時を超える言葉に触れたい。
本を読めば過去から現在へ言葉が伝わる。
本を書けば現在から未来へ言葉が伝わる。
文字は物質に転写できるから簡単に時を超える。

声は時を超えるだろうか?
録音すれば可能だろう。
それ以外には?
なにか別の形はないだろうか。

つまり、記号化を介さない声の可能性。
情報化される前の、声の全体は時を超えるだろうか?
記憶?
それも変換されたものだろう、ごく恣意的に。


ところで、文字という形態の言葉に全体性はあるだろうか?
文字は声の記号化の一形態ではないのか?
すると、言葉が時を超えるには記号化は避けられないのだろうか?
そもそも「言葉の全体性」が空想の産物なのだろうか?

「もともとあったものが形を変えずに残る」
もともとあったもの、とは何か?
それと確かめることができないものを、あると言ってよいのか?
「言ってよい」としたことで、言葉が生まれた。

しかし「そのこと」を忘れてはならない。
「もともとあったもの」なんて、なかったことを。
ないものをあると信じ込み、そして忘れてしまうこと。
それは意識が、「自分が意識であること」を忘れてしまうこと。
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