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幸福も過ぎ去るが、苦しみもまた過ぎ去る。
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自分は一人でいることが好きだ。
逆に言えば、集団でいることが嫌いだ。
「好きで集まっている集団」に、自分から加わろうとは思わない。
特に「集まることを目的としている集団」には。

一人でいる孤独感も、大勢でいる安心感ももちろんある。
逆に、一人でいる充実感や、大勢でいる居心地の悪さもある。
マスメディアとは名の通り「マス」だから、前者を強調しがちだ。
だから社会の動きを知るためであれマスメディアによる情報収集はある苦痛を伴う。

 最近そのことに気付いた。
 無理してまで新聞を読む必要もないのではないか?
 社会とつながっている人の動きを日常的にたどっていればそれで十分ではないか?
 ブログやツイッターはこの意味でとても有用なツールだと思う。

 という思考の流れで、次の新聞の更新をしないでおこうかと突然思い付いた。
 少し前にビールとカップ麺をもらった所なので来年になるかもしれないが。
 それで「自分の興味に合わせた情報収集」を充実させようかと思い、
 今まで全く縁の無かった「雑誌の定期購読」もいいかなと考え始めている。

 では何の雑誌か…と言われれば今の読書の興味の延長線上になるのは仕方なくて、
 とりあえず一号分注文してみたのは『SIGHT』と『子供の科学』。
 並べると脈絡不明だけれど、前者は『沈む日本を愛せますか?』の影響で、
 後者は森博嗣のエッセイ多数の影響。

 新聞を読まなくなれば情報が偏って「世間知らず」になりそうだが、
 今新聞購読している自分が現代日本にキャッチアップできているとは思わないし、
 サラリーマンなので本当に急を要するニュースがあれば会社で聞けるだろうし、
 内実を想像もせず恐れていた「世間知らず」に一度なってみる価値もあるだろう。

最初に書きたかったことから話がだいぶずれた。
一人でいることが好き」を、もっと自分の中で確立させたいという思いがある。
独り好きの感覚に嘘はないのだが、「極端になるとまずい」という不安は少しある。
全く他者を求めなくなれば、他者の要請に心から応えられなくなるのでは、と。

しかしこれもきっと、観念先行の不安なのだと思う。
一人でいることが一番幸せだとしても、状況は変わりうる。
「独り好き」同士が一緒にいる実例を自分は具[つぶさ]に知っている。
自分の望みがしっかりしていれば、望んだ通りに事が運ぶのだろう。



「嫌い」を語ろうという前回記事を受けてシリーズ化しようと思う。
あれがキライこれがキライ、とのべつまくなしに罵るつもりは毛頭なくて、
今まで「嫌い」という言葉の使用を避けてきた自分を奮い立たせるための方便。
「好き」を語るためにどうしても避けて通れないもの、という位置づけです。

タグ名は恐らく思いつきの暫定ですが、まあ京都出身アピールということで。



常識を知りつつそれに与しない「反常識」を自分は一つの姿勢としてきた。
(この言葉との付き合いは長く、高1で読んだ『反常識の対人心理学』以来だ)
だが「自分が疑ってかかる常識に片手間で従っておく」のは何とも中途半端だ。
そもそも常識のベースを分かっておけば、常識そのものに付き合う必要は何もない。

次はこの「常識」について書こうと思います。

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