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幸福も過ぎ去るが、苦しみもまた過ぎ去る。
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寝太郎ソリューション。

 なにもしないでいること。
 なにも生産しないでいること。
 なにも消費しないでいること?
 なにも思考しないでいること?

 結果を求めないでいること。
 価値を求めないでいること。
 意味を求めないでいること?
 変化を求めないでいること?


「なにもしない」の現代的な意味を考える。

何をするにも、「するよりしない方がいい」との思いが先にある。
あることをすることで、得られるものがあり、失われるものがある。
それをしないことで、何も得られないが、失われることを防げる。
得られるものより失われるものの方が大きければ、その行動はためらわれる。

ただ、「なにもしないでいること」は状態の不変を意味するのだろうか?
死体ですら朽ちるのに、生体が、時間の経過において不変でいられるだろうか?
つまり、何もしないことで失われるものがある。
それでは、何もしないことで得られるものはあるだろうか?

恐らくまず「する」ことを具体的にする必要がある。
…。
ここで行き詰まるところに、ひとつの問題がある。
具体化することで縛られるという予感がある。


視点を変えてみる。

「観察」することは、れっきとした行動である。
観察している人は、なにもしないでいる人ではない。
当たり前のようだが、現代の空気はこの論理を認めていないように見える。
すなわち、「観察」は「なにもしないでいること」とみなされる。

これを空気と呼ぶのは、明示的な要請があるわけではないからだ。
なんとなく、なにもしないでいることに落ち着けない。
なんとなく、なにかをせずにはいられない。
ここに論理はない。

ことばでつくられた世界の、ある場所で、論理が破綻している。
その破綻は、世界中の論理性に傷をつける。
グローバル化とは、この「ある場所」と「世界」の近接化のことだ。
現実を支える論理の強度が損なわれていく。


本来の「進化」の意味を考えよう。
ある変化が「進化」かどうかは、その変化の内容で決まるのではない。
集団を離れた特異点が環境の激変に耐え得た時に決まる。
特異点の発生が抑制された集団に「進化」は起きない。

しかし、その抑制をかいくぐってこその特異点である。
均質化の圧力が極まった集団は滅びると、言うのは誰か?
今日まで太陽は昇ってきたから、明日も朝日を拝める?
笑止!(えー

つまり、そういうことだ(えー
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