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幸福も過ぎ去るが、苦しみもまた過ぎ去る。
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一つ前でハシモト本を抜粋しながら連想された話。
(…)親の求めている部分に合致するところは受け入れるけれど、それ以外は無私されるという育てられ方をすると、母親がやってみせたコミュニケーション遮断がボディブローみたいにじわじわと効いてきて、子どものある種のコミュニケーション能力を深く損なってしまうように思うんです。
 そういう経験をしてきたらしい学生たちと話をしていると、話の途中で、何かがすっぽりと抜け落ちていることに気がつくということがあるんです。ぼくがしゃべっていることのうちで、どうやら「聞いている部分」と「聞かない部分」がある。(…)
 そういう学生に文章を書かせてみると似たようなことが起こります。意味が通らないことを平然と書いてしまうんです。(…)
 たぶん、世界が彼女たちには「そう」見えているから。彼女らにとっては、世界そのものがあちこち虫が食った意味の定かならぬものなんです。だから、変な話ですけれど、自分で書いたものが虫食いだらけの意味不明なものでも、世界の「地」とはちゃんと折り合っている。自分が自分の発信しているメッセージを理解できなくても、それは世界の「理解できなさ」ときちんと調和している。だから、別に気持ちが悪くならない。

内田樹・春日武彦『健全な肉体に狂気は宿る』p.21-22
たぶん論理性というテーマで想起されたのだと思う。
理解不能な相手の「主観的な合理性」をすっと提示してみせるウチダ氏の論理は何度読んでも驚いてしまうのだけど、その飽きない所以は「話としてはよく分かるけれどいくら頑張って想像しても実感できない」ことにあるのかもしれない。
合理的な話に必ずしも実感が伴うとは限らなくて、それは理解が実感とか体感そのものではなくそれらへの架け橋でしかないからだ。
だから単に理解するだけでは「橋は架けたけど渡らずにいる」状態に留まっていて、ちゃんと渡れるかどうか分からないし、渡っている途中で崩落する脆さが隠れているかもしれない。
行動に結びつくような理解というのは同じ比喩を続ければ「見ていると渡りたくなる橋」で、橋を架ける前は靄で視界が遮られ対岸が見えなかったが橋をしばらく渡る間に今まで見たことのない景色が眼前に広がってくる、といった経験をさせてくれるような橋のことである。

ということで「渡りたい橋」はたくさんある。
それらの一つを選んで対岸に上陸するのは恐らく、「渡りたいという欲望が機能している状態に満足している状態」に満足できなくなった時だろう。
欲望を制するのは別の欲望…最近何かで読んだな。
あ、これだ。
 フィジカルな欲望は、いわば人間一個の身体内部での出来事です。身体性というものが、欲望の培地であり同時に欲望を囲い込む垣根でもあるわけです。対するに、観念の領域は無際限であり、ここに生起する欲望は身体の内部から這い出して、観念の中で自己運動を始めます。ここに欲望は制動器を失い、欲望が欲望を再生産しながら拡大してゆきます。身体のような物理的な緩衝装置がないだけに、これをコントロールするためには欲望を無にしてゆく何かが必要になるわけです。
 わたしは、ひとつの欲望を無化してゆくものは、もうひとつの欲望であると言いたいと思います。金銭欲や出世欲、権勢欲をコントロールするのは、そういった欲望とは次数の異なるもうひとつの欲望です。それは、簡単には手に入らないものを欲することであり、金銭や地位によっては制御しようのないものを手に入れたいということになるはずです。

平川克美『ビジネスに「戦略」なんていらない』p.124-125
「満足できなくなった時」とは、複数の欲望の均衡が破られる時。
お互いを制し合ってきた欲望のうちの一つが突出し、自分をある一つの方向に駆り立てる時。
僕が思うに、それは通常思われるとは逆の「不安定な状態から安定な状態への移行」ではないかと思われる。
それを望むか望まないか、という話でもない。
自分と欲望はイコールではないのだから。
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